扉を開ければ、そこには電動轆轤(ろくろ)があり、いろんな色のねんど、ねんどを混ぜる機械や伸ばす機械。小さい頃、ご飯食べたり”ドラゴンボールZ”を見たりすごしたリビングの壁一枚隔てた向こう側に、陶芸家で父の作業場がありました。その当時使い方もわからない道具で父の真似事をしてみたり、友達を呼んでねんど遊びをしたり…小さい頃からごく自然にモノ作りが周りにころがっていました。

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約10年前、本格的に陶芸を始めた頃は、頭の中では”人と違うのを作ってやる、誰も見たこと無い形を生み出してやる!”と、それを形にする技術も知識もないのに生意気な事ばかり考えていました。それでもガムシャラに轆轤を回して、同じ形のお茶碗を作る練習をしたり、他の作家さんの展示を見に行ったりと、いろいろ基礎的な技術や知識を身につけようとしました。ある程度、形ができるようになり作品に値段をつけて、小さなイベントではありますが初めてお客さんに買ってもらった時、なんとも言えない満足感が得られたのを覚えています。

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初売上も経験してどんどん作品をを作り出していくのですが、轆轤で成形したどこか機械的な形や、茶色や灰色のいわゆる陶芸らしい色がなんとなく好きになれないというか、自分らしくないというか…そうおもいだしてから早かったです。

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ねんどをパッチワークのように貼り合わしたり。(よく皮みたいとか、ジブリっぽい言われます)

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カラフルにしてみたり。

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落書き書いてみたり。(この算数の落書きは、小学生くらいの子供達に白い目で見られます笑) 人からは、「やっぱりフィリピンの血がながれてるね」「若い感覚だね」とか言われます。もちろんその影響もあると思いますが、やはり小学校時代の大切な思い出の影響が強いんではないかと思います。(またその話はブログでお話出来たらと思います) ねんどの塊から形をつくって、素焼きして、色をのせて、また焼いて…完成まで二度焼成するために、手元を離れますが、一から十まで全て自分の感覚でできる、この「ねんど遊び」と共に生活出来てる今、すごく幸せだなと思います。まだまだ創りたいものあるし、新しい色も発見したいし、もっと多くの人に見てもらいたです。その為にできる全てのことどんどんこなして行こうと思います。よし!また明日から作って作って作りまくるぞ〜(^^)